西欧紙幣の歴史

紙幣誕生の経緯を調べてみる

西欧諸国の貨幣というものの歴史を紐解いていく中で、その中でも紙幣と言うものの存在がいつの頃から誕生していたのか、というのも気になるところだろう。そうした歴史を読み解いていく中で史実として確実にその当時に誕生した事が確認されているのは、なんと1世紀ごろには既に紙幣が誕生していた事が確認されていたという。日本やその他の国々の例を参考にしてもだ、それだけヨーロッパ地方において貨幣と紙幣の歴史がまさしく人間社会の原点たる存在だという事、そしてそれがどれだけすごいことなのかということを理解できるところでもある。

その当時だけでも為替として使用されていたのは17種類ということを考えると、当時から盛んに利用されていたと見れる。古代のヨーロッパにおいてはコインを使うこと、それが現代で言うところのクレジットを使用するという考え方がこの頃より確固たるものだったようだ。ただローマにおいてはパピルスはまだ使用されていなかったこともあり、当時としてパーチメントが証書として用いられていた。ただその頃は一般的に使用されていたというわけではなく、十字軍などの兵士の間において広く使用されていたという。

そしてクレジットという機能が用いられるようになった事、それはつまりお金を別のところから引き出せるという意味ということにも繋がる。そしてそんなお金を借りることが出来る施設として寺院が提案され、そこに配置されている騎士には銀行家としての機能を有してたこともあって寺院には多額の財宝が安置されていたとまで言われている。この頃には既に銀行というシステムも簡易的ながら完成されており、時代が進むごとに商人たちも普段からお金を持ち歩く事無く、銀行にお金を預けて商売を行うといった非常に近代的な仕組みが中世ヨーロッパの時代には既に誕生していた。どこまで行っても、そして何を差し引いてもヨーロッパという国が先駆的な立場に立っていた事が改めて認識できるだろう。ではその後ヨーロッパの歴史の中で早期に誕生した紙幣はどのようにして進化と変容をして行くことになるのかを見ていこう。

物々交換してみる?

活発化する証書

その後の歴史を考査してみると分かるとおり、ヨーロッパ地域における証書としての価値観はますます定着して行くことになる。基本的にそうした証書がふんだんに利用されていたのは1200年頃から国際貿易の要所となっていた開催都市にて開かれていた商業見本市『シャンパーニュ』地域の見本市といった物において利用されていた。この酷さ貿易の中では金貨などのお金を利用するよりも証書としてお金を信用貸付することによって行なわれる取引が主流となっており、その歴史も約300年近く継続して行われていた。

しかし1400年代末までになると商売を行うための旅行などが容易では無くなり始め、シャンパーニュ見本市のような国際貿易をする場所が消滅すると、その後各ヨーロッパ地域における主要都市を中心都市へと、経済の基盤が移行することとなる。またこの頃には第三者を介した補完的な交換証書が利用されるなどしていた。経済活動の基盤が各都市へと移行したことによって、当時スコンタジオネと呼ばれていた取引業務は国際的な取引のターニングポイントとして、各イタリアの銀行などを中心に行われており、さらに一定額のクーポンを流通する貨幣として発行し、これらは地域の商人達の相互間で支払手段として受け入れられるようになる。

17世紀頃になると、欧州ではイタリア・オランダ・ドイツなどが経済先進国として栄え始めるようになり、各国の都市に存在している商人達は決済のために金貨を持ち運ぶ不便を解消するため、預金の付け替えを指図する文書を発行し、これが信用券として流通するようになる。

イギリスでは

欧州の中でもイギリスの場合は少し特殊で、当時の王であったチャールズ1世が戦争出費を準備するために貴金属の受領書として、金で飾られたチェックを発行した事が紙幣の起源とも語りつがれている。その後産業や商業において必要な資本を取扱う金融が行われるようになり、それらの機関の事を『金匠』と呼ばれるようになり、こうした金融機関が1670年代ごろには約30もの施設が各地に点在していた。商人達はそんな金匠に金貨といったものを預け、そしてその代わりとして金匠からは商人たちへ預かり証書を発行するなどしていく中で、信用証券として譲渡されて譲渡されていき、流通するようになっていった。

世界で初めての銀行券の誕生経緯

銀行というものが既に誕生していた西欧諸国の中でも、その当時においてはまだ銀行券は誕生していなかったが、中世期も全盛期にさしかかろうとしている中でその歴史が火蓋を切って落とされるように、登場する。世界で初めて銀行券というものを誕生させたのはスウェーデンであり、この国では当時銀と銅が主流の貨幣として用いられていたが、17世紀初頭のデンマークとの戦争によって銀が不足するという問題に直面したため、その後は銅板の通貨を製造して対応していた。何故銅板なのかというと、当時のスウェーデンでは1ダラー銅貨は1ダラー銀貨と同等の重量でなければならないという規則があったため、その重さに匹敵させるためにどうしても重量をあわせるという名目上で製造しなければならなかった。大きさとしては10ダラー銅貨として製造されると30cm×60cmという巨大な通貨を使用しなければならず、重さにして9kgも代物だった。

言わずとも、そんなものをいくつも持って商取引を使用と思う商人はまずいない、そうした中で開発されたのが為替であり、スウェーデンの銀行という機能の中で融資銀行の設立を許可したことによって銀行券が世界史において初の銀行券を生み出すことへと繋がる。世界初の銀行券として作り出されるそれは、近現代にまで繋がるような特徴を備えていたことも有名なところでもある。その特徴とは、

  • 1:保持者に支払い可能であること
  • 2:番号が付けられていること
  • 3:発行日及び銀行の高官の書名があること
  • 4:それが本物であることを保証する多くの印象が押されていること
  • 5:偽造防止対策として、用紙に透かしが入れられていること

といった銀行券がすでに中世ヨーロッパ期において発明されていた。重いコインを運ばなければならない商取引から信用紙幣を用いた取引が中心的な経済基盤となっていき、それらを参考にして西欧諸国を始めとした世界各国へと広がりを見せることへと繋がっていく。

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イングランド銀行券について

こうした歴史の中でもう1つ注目した移転としてはやはりイギリスだ。当時イングランドは軍事費調達を目的として、イングランド銀行を1694年に設立し、これを印グラン語王国政府の銀行として王族に認可されるようになる。イングランド銀行では預け入れ金の見返りに銀行券を発行し始めるようになり、その銀行券の総額を銀行側がキチンと支払うことを約束することを意味していた。その後18世紀になった折、一定額面の銀行券へと変化して行くこととなり、更にイングランド銀行においても部分的に印刷したものを発行して、更に手書きで完成させていた。主に書かれていたのは受取人と出納者の署名。さらに日付や銀行券の番号といったものが手で書き加えられるようになるなどの動きを見せるようになるのだった。

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